ロースカツ定食と左手 (1)
確信する。この「豚」はトンカツになるために生まれてきた。
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揚げたての衣が軽やかに空気を震わせ、舌に肉汁が敷かれたかと思えば、遅れて野性的な香りが荒々しく鼻孔へほどけていく。
連綿と受け継がれた生命のバトンを思い浮かべずにはいられない。
バクテリアは哺乳類となり、猿となり、やがて人間となった。
はるか昔より生命は分裂や交配によって枝分かれしながら、結果、巨大な系統樹を作り上げたのだ。
想像を絶するほど大きく複雑に育った樹木は、もはやそれ一本で広大な森である。
根を探すことは困難を極め、その森が一体何を栄養にして育っているかは、この先も人類にとって大きな謎であり続けるだろう。
この謎めいた連鎖の森で生まれた、とある1枚の末葉。
何の因果か、枝からポロリと落ちてヒラヒラと宙を舞う。
あらゆる方向に吹く風と一緒に踊りながら、巡り巡って自分のもとへ。
その葉こそ、今、口の中で咀嚼されている「豚」なのだ。
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人生とはつくづく出会いであると思う。そして、それは何も人と人に限定した話ではない。
こうやって自らの血肉にせんと咀嚼する、まさにこの瞬間も「出会い」によってもたらされた。
それは自らの選択によって到達したかもしれないし、何億年前から決まっていたかもしれない。
いずれにしても・・・と思う。
自分の舌先で転がすには少々、重すぎる話だった。
言ってみれば相手は何万、何億の駅を経由して運ばれてきた大切な荷物だ。
その終点が自分なのである。そのことをふと自覚してしまった。
このまま体内に取り込めば生命の重みで胃の内側から裏返しにされてしまう。
そんな錯覚に襲われ飲み込むのを躊躇ってしまう。
(本当のところは、味が少し濃かっただけである)
思わず助けを求めて見つめた先には、うずたかく盛られた白銀に輝く宝石。
現世では「白米」と呼ばれ、幾度と無く食卓という舞台の上で主演を務めている。
今回も彼に白羽の矢が立つ。
この抜擢はつまるところ本能であった。
「それが正解だ」と遺伝子レベルで直接、脳に訴えかけてくるのだ。
白米を箸ですくい上げ、豚肉が待つ口の中へと運ぶ。
ここまで来れば約束された何度目かの奇跡が上演される。
生まれた土地も歩んだ道も全く異なる二つの生命。
幹の名前は動物と植物。枝の名前は哺乳類と穀物。
それらから生まれた葉が口の中で邂逅し見事に一つとなる。
ピタリとはまるジグソーパズルのように過不足なく。
涙を流さずにはいられない。なんて壮大な「調和」の筋書きだろうか。
おそらくこれは万物を超えた何らかの超越的な存在によって寄稿されたものに違いなかった。
そしてそのストーリーは今や世界的なベストセラーなのである。
おかげでこの世は、調和の奇跡を何度でも再演できるのだ。
今、こうして口の中で演じられたように。
ありがとう豚。ありがとう白米。ありがとう、ロースカツ定食。
僕は今、奇跡を飲み込んで生きている。
了
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と、なるはずだったのだが、ならなかった。
何故だ?
→(2)へ続く
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