ナンバー3の皿の上
「東の国の【盗】という漢字には、皿という意味が含まれているらしい」
「はぁ、そうなんですか」
私は、アルフレッドの言葉の意図が掴めず迂闊にも気の抜けた返事をした。
この反応にやや不服そうな表情をするアルフレッド。
二人きりの小さな部屋に「気まずさ」の含有量が増す。
「【盗】の下の部分が皿という意味らしい。皿の上の食べ物を羨ましがる人間の図、それが 【盗】 という漢字の成り立ちだ。僕はそれがとても興味深い。だって考えてみてよ。本来、万物には所有権なんて有りはしない。けれどそれを皿に乗せた瞬間に誰かの物になる。同時にそれは誰かの物では無くなる、ということでもあるんだ」
「つまり皿があったから盗みが生まれたと?」
彼は口元に笑みを浮かべてこう続ける。
「そして盗んだ後にも皿が必要だ」
アルフレッドはそう言いながら、天秤の皿の上に金貨を乗せた。
先日の仕事で入手した金貨のようだ。非常に価値のある古銭らしいが、自分にはどれほどの物か分からなかった。
「1枚だけでも家が1軒建つほどの価値があるよ。そんなコインがピッタリ100枚。この盗賊団が生まれてから間違いなく最大の成果だろう」
満足げに言うアルフレッドは、この盗賊団のナンバー1である。自身の名前をもじった「アルファベット」という盗賊団を15歳の時に立ち上げた。現在もリーダーでありブレインである。
「このコインの価値が高いのは、単に古いというだけではなくて本当に希少だから。全部で300枚も発行されてないんじゃないかな。しかもその当時、かの国は戦争をしていて国民からゴールドやシルバーをかき集めていた。そのおかげでだいぶ没収されたみたいだけど、それでも、どこぞの金持ちは100枚も隠し持っていたわけだ。コインに描かれてる孔雀も綺麗だよね?そうそう、孔雀と言えば、昔から東の国では孔雀が信仰の対象になっていたんだよ。なんでか知ってる?孔雀は神経毒に耐性があってね、コブラの天敵なのさ。人間が忌み嫌うコブラをやっつけてくれる孔雀は神のような存在だったんだね」
一度、勢いづいてしまったアルフレッドを止めるのは容易ではない。彼は今、東洋文化にお熱なのだ。そのうち自身の精神性も東洋文化によって何らかの革命が起きてどこか違う次元へ飛んで行ってしまうのではないか。
「ところでクリスはこんな想像をしたことがあるかい?もし、この盗賊団が二人しかいなかったらどうなるか?」
クリスというのは私の名前だ。唐突に名前を言われただけでなく質問の内容も突拍子がないものであったため素っ頓狂な返事になった。
「ふ、二人ですか?」
「そう。たとえばデニスとエドガーの二人しかいないとしたら、この100枚のコインはどう配分されると思う?」
デニスはこの盗賊団のナンバー4、エドガーはナンバー5だ。二人とも私の部下である。ここで簡単に盗賊団の序列を説明しておくと、序列1位のアルフレッド、2位のバイロン、3位のクリス(私)、4位のデニス、5位のエドガーとなっている。
この序列は、彼が盗賊団を作った際、名前の頭文字がABCDEの順になるように決めたとかいう噂がある。ただ、おそらくバイロンあたりの皮肉めいた冗談だろう。明らかにこのグループは単純な【 力 】の序列に従っていた。誰もアルフレッドの力には逆らえないし、私もバイロンには逆らえない。デニスやエドガーも私には逆らえないだろう。このご時世にあっては、一定の序列というのが必須なのだ。それこそ皿の上の食べ物で争わないために。
———————>
話を戻そう。アルフレッドは私に何を聞いたか?そうだ。盗賊団がデニスとエドガーの二人だったら100枚のコインはどう配分されるのか?という話だ。
二人の力関係を考えてみると、おそらくナンバー5であるエドガーはどう足掻いたところでナンバー4のデニスには敵わないだろう。デニスもそれはよく分かっている。だとしたら答えは一つだ。
「デニスはきっと1枚もコインを渡さないでしょうね。ヤツはそういう男です」
その答えを聞いたアルフレッドは満面の笑みで言う。
「そうそう!そうだよね!自分に文句を言える人間がいないんだ。コインを分け与える必然がない!」
そう言うアルフレッドはどこか楽しげで無邪気に見えた。時々、彼は精神的な成長を過去に置いてきたように振る舞うことがある。
もちろん、これは彼の常套手段でもあった。何も考えていない少年のようであって、その実、幾重にも計算の糸と思惑の意図を張り巡らせるのがアルフレッドという人間だ。
それを知っている私からすると、今のような人造的な無邪気さは、むしろアルフレッドの計算高さを不気味に際立たせることになり、一瞬で私を冷静にさせた。
どうやら彼は、すさまじい価値があるとかいう100枚のコインを「どう配分するか」私と話したがっているのだ。ただの雑談でないと分かれば、私もそれなりの態度で臨むことができる。
現時点で合点がいかないことがあるとすれば、何故ナンバー2のバイロンではなくナンバー3の私を呼んだのか。その意図はまだ見えてこない。
「クリスの言う通り、デニスとエドガーの二人だけの盗賊団ならコインの配分は100-0。これはもう確定だよね。僕もそう思う。きっとメンバーの全員がそう思ってるね。じゃあ、もし君がナンバー1で、部下にデニスとエドガーがいる三人の盗賊団だったら、君はどうコインを配分するのかな?」
想像したことがない光景だ。私が団のトップで、私に全ての決定権がある三人の盗賊団。正直、デニスやエドガーが一人ずつ相手なら、たとえ裏切られたとしても返り討ちにできるので問題ないだろう。ただ、デニスとエドガーの両方に反旗を翻されたら面倒だ。最悪、自分の命も危ないかもしれない。だとしたら・・・。
「45枚、35枚、20枚と言ったところでしょうか?力関係を考えるとそれくらいが妥当なのではないかと」
配分決めなんてものは、どのように行なったところで、どこかに不満が出るものだ。だとしたら力関係の度合いで分けるのが落とし所としては妥当なのではないだろうか。
「なるほど。確かに君と他の二人の力関係を考えると妥当かもしれない。クリスの力を45としたら、デニスは35、エドガーは20くらいだね。絶妙な数字だと思うよ。でもさぁ、よく考えてみて。デニスは35枚で納得するのかな?さっきデニスとエドガーが二人きりの盗賊団になったらデニスは100-0でコインを配分するって言ったよね?つまりデニスは君がいなくなれば確実にコインを 100枚手に入れることができる。35枚くらいで納得すると思うかい?」
「内心は納得しないでしょうね」
「極端に言えば君が100枚のコインをすべてデニスに渡すまで彼は納得しない。だとしたら君はそんな人間のことを気にする必要があるのかな?」
「それはつまり?」
アルフレッドはここが肝だと言わんばかりに嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「君はデニスに1枚も渡すべきではないね。配分は0枚で確定だよ。もちろんデニスは不満に思うだろうけどデニス一人では君には敵わないのだから」
恐ろしいことを言い出した。自分の次の序列の人間に何も与えないなんて。けれどデニス一人では私に対して何もできないのは確かだ。だとしたら自分が気にしないといけないのはデニスではなくエドガーなのか?
「デニスはエドガーを引き込もうとするよね?ただエドガーの視点ではどうなるかな?エドガーはデニスと協力して君を裏切ったとしても、その先に待っているのはデニスと二人きりの盗賊団だよ?その場合、コインの配分は100-0になってコインが1枚も貰えないのは目に見えてる。だからね、君はそれを利用すれば良いのさ」
「つまりデニスには1枚もコインを渡さず、エドガーに1枚だけコインを渡すと?」
「その通り!君が99枚、デニスが0枚、エドガーが1枚。これがベストだよ!こうすればエドガーは君を裏切るメリットがない。どころか君を生かす方にメリットが生まれる。君を裏切ったらコインは0枚だが、君のいう通りにすればコインが1枚手に入る。デニスに協力してまで君を裏切る意味がなくなる。これでデニスは君に抵抗する術が無くなった」
何か上手く誘導されている気がするが、論理的な思考に基づけばおかしなところは無い。互いが自分の利益を論理的に追求すれば当然の結果であるようにも思える。
それにしてもこの男はよく臆面もなくそのようなことをズカズカと言えるなと感心した。
「じゃあ次は、もしバイロン、君、デニス、エドガーの4人の組織だったらどうなるか考えて」
徐々に話がややこしくなってくるが、原則は変わらない。バイロンもおそらく自分の命は守りつつ自身の利益が最大になるように行動するだろう。
バイロンの実力を考えると私とデニスが組んでもギリギリ敵わない。だがエドガーも含んだ3人で反旗を翻せば何とかなりそうだ。バイロンもそれはよく分かっている。従ってバイロンは部下3人のうち最低一人は自分側に引き込まなければならない。誰を引き込むか?決まってる。デニスだ。デニスはバイロンが死んでしまうとコインが1枚も貰えない人間なのだ。なぜならバイロンが死んで私がトップになってしまったら私はコインの配分を99-0-1にしてしまうから。バイロンはこれを利用するだろう。つまりバイロンにとってベストな配分は・・・。
「バイロンが99、私が0、デニスが1、エドガーが0ということですね」
「その通り!バイロンは君には1枚もコインを渡さないね。何故なら君はバイロンが死んでくれた方がはるかに得な人間だから。何枚コインを渡しても納得しないとバイロンも考えるだろう。けどデニスは違う。デニスは君がトップになってしまったらコインは1枚も貰えない。もしバイロンに従ってコインを1枚貰えるのだとしたらバイロンに従うのが合理的だよね。そしてバイロンにとってはデニスさえ従ってくれれば、もはや君やエドガーはどうでも良い」
徐々に鮮明になってきた。こう考えると、なんてナンバー2に不利な構造なのか。これが現在のナンバー2であるバイロンがこの場に呼ばれない理由か。
「では最後の問い。現在5人の盗賊団のトップである私、アルフレッドは100枚の金貨をどう配分すべきかな?」
彼の力からすると、部下3人が束になって何とか勝てるレベルだろう。よって4人の部下のうち2人は何とか自分側に引き入れたいと考えるはずだ。
なるほど、そういうことか。ここまで論理的に追い詰められれば、もう私からは何も語ることはない。ここに呼ばれた理由も合点がいくし、彼にとってベストな配分も明白だ。
これはもちろん極端な形の論理思考ゲームだろう。実際の決め事はこんなにシンプルにはいかない。ただ、目の前にいる現ナンバー1の男には思考力や政治力においても出し抜ける気がしなかった。要するに心底呆れて、心底感心したのだ。仮に私がコブラであっても、彼が孔雀なのだと確信した。
そう言うわけで今回は、彼が無言で責め立てる決定に従うことにした。長期的に見てもそれが正解に思えたし、何より桁違いに高価なコインを何十枚と貰ったところで、私が有効に使えるとも思えない。けれど彼は違う。有効に使ってくれるだろう。そしてそれはおそらく自分のメリットにもなる。
私は天秤の皿に乗ったコインを【1枚】だけ丁寧につまみ出してポケットに入れる。これが今回、私の皿の上に乗った成果だ。
彼の満足げな表情から自分の行動が正答であることを確認した私は最後にこれを聞かずにはいられなかった。
「エドガーは家を1軒建てますかね?」
———————>
本日のサンプリングソース
5人の盗賊
http://gigazine.net/news/20070909_google_job_interview/
Googleの面接試験で出題されたという論理クイズ。
5人の海賊がいて、彼らは1位から5位にまでランク分けされています。1位の海賊は100枚の金貨をどのように分けるかというプランを提案する権利があります。残りの海賊はこのプランに投票する権利があり、賛成が半分に満たない場合には1位の海賊は殺されます。1位の海賊の分け前を最大にしてなおかつ彼が生き残るにはどうすればいいですか?
