30という数字の意味について考える。

先日、ついに30歳になった。

「ついに」は英語でFinallyである。

Finalなんて単語が入っていると、ひどく何かが終わったような気にさせられるので、避けたいところだけれど、それでも「ついに」と付けるしかない。「30歳」に対する一種の枕詞である。

さて、30歳・・・30歳である。

歳をカウントしていったら30回目に到達した。それだけのことである。
29の次であり、31の前である。それ以上でもそれ以下でも無いはずなのだ。

けれどもやはり「30」という数字は「29」と明確に線引きされる。これもまた確からしい。

今までずっと側にいた「2」という数字が突如消え、かわりに「3」という数字が居座ることになる。

「今までとは違うからな」
そんな冷たい宣告が静かに表現されている、それが10進数における「30」なのだと思う。

言うなら1の位でせき止め続けていた数字がついに溢れだして10の位へ進撃を開始したかのよう。

おかげで「老いに支配されていた恐怖、年齢に囚われていた屈辱」を思い出すハメになった。

めでたく20代という名のウォール・マリア決壊といった具合になっている。

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そもそも私事ながら、1月31日という誕生日がよろしくない。穏やかじゃない。

「今年ももう一ヶ月が終わってしまった」

加えて

「また1つ歳をとってしまった」

この2つの事実が肩を組みながら仲良くタックルしてくる。それを受け止めるのが1月31日生まれの毎年の宿命みたくなっている。

最悪なことにこの両者、人を焦らせるという点ではかなり優れたタッグで、カップリングの相性の良さで言えば、蔵馬×飛影に匹敵するはず。勝手に思ってる。

1ヶ月が過ぎるのもあっという間。
歳を取るのもあっという間。

諸行無常のアンハッピーセット。
そりゃ焦る。何をするでもなく焦ってしまう。
このまま時間が過ぎて良いのかと考えずにはいられなくなる。

一旦、落ち着こう。深呼吸をする。そう、孤独な数字、素数でも数えて落ち着くのだ。

2、3、5・・・と数えていく。

先ほどのカップリングの比喩に釣られて、これらの数字を掛け算してしまう・・・。

2×3×5=30。

素数からも30に行き着いてしまう。すべての道は30に通ず。恐るべし30。

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孤独な数字といえば、森博嗣著 「すべてがFになる」の冒頭で、真賀田四季と西之園萌絵がモニタ越しに会話するシーンがある。

真賀田四季いわく1~10の整数の中でもっとも孤独な数字は「7」なのだそうだ。

その理由は小説かアニメをご覧頂くとして(個人的に実写ドラマは無かったことにして頂きたい)荒木飛呂彦著 ジョジョの奇妙な冒険 第6部でも似たようなことを言っている。

素数は1と自分自身でしか割ることができない。だから素数は孤独なのだと。
(7も漏れなく素数である)

ところでこんな数学のマジックがあるので紹介したい。

3桁の数字を好きに思い浮かべる。例えば 345。
それを2つ並べて6桁の数字にする。345345。

こうやって作られた数字は必ず7でピッタリと割り切れる数字になる。
345345÷7=49335 余りなし。どんな数字でやってもこうなる。なかなか驚きだ。

7を割り切る数字は1と7しかないが、7で割り切れる数字はこうやって簡単に作ることができる。
7の孤独を解消する方法として是非覚えてほしい。

それに万が一「自分は7だ。孤独だ」などといった意味不明なアイソレーションに陥っても、この方法で意味不明にリカバリーできるはず。
(11や13といった素数にも上記方法で対応可)

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脱線しすぎた。閑話休題。

では、30という数字はどうだろう?孤独だろうか?

ここで思い出すのは、父親がよく言う「3」の法則。
3のつくタイミングを乗り越えることが物事の継続にとって重要である、とかそういうことが言いたいようだ。

この法則に則ると、人がまず最初に乗り越えるべきは「3日」。

「三日坊主」という言葉からも分かるように「続かない人間」はまず3日が壁になる。

無事に3日を突破すれば次は3週間。
3週間を突破すれば次は3ヶ月。
さらには3年、30年といった具合に壁が待ち構える。

どうやら10年単位の継続をするためには、3年の壁を突破する必要があるらしい。

なるほど、カップル3年目の危機は生物学的にも確かなようだし、新興企業の9割は3年以内に倒産してしまうそうだ。3年の壁、なかなか高そうである。

ところで突然だけれども、徳川家康は1月31日生まれだ。きっと毎年、自分と同じように焦燥感を募らせていたに違いないが、大丈夫、あなたの没後も幕府はわりと続く。

ただ、30年の壁を突破した徳川幕府も300年の目標には到達できなかった。270年くらいで力尽きている。流石に300年の壁は厚かった。

さて「3の法則」は別の捉え方をすれば、「物事の区切りがつきやすいタイミング」とも言えるのかもしれない。

(偶然かテレビの1クールは3ヶ月。中学、高校の期間は3年だ)

そうなると30歳というタイミングにも意味合いが帯びてくる。

冒頭に戻って、不思議とFinalという言葉がハマってしまう。何かに一区切りがついて、何かが新しく始まる。そんな1年を期待したくなってくる。

けれど、西尾維新著 「零崎人識の人間関係 戯言遣いとの関係」でこのような言葉がある。

「変わりたいと思う気持ちは、自殺だよね」

何かを変えるためには自分を変えるほかないが、これが容易でないことはよく分かっている。
30年もかけて作り上げた「自分」という人格はそう簡単に壊せるものではない。

けれど、それでも。そうであっても。
足元にスタートラインが引かれると、無性に走り始めたくなってしまうものじゃないだろうか。それが人間の性というものだ。ある種の条件反射だと思えば少しは気負わずに済む。

ここまで来てようやく「30代も楽しく駆け抜けられそうだ」という予感に着地する30歳二日目だった。

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本日のサンプリングソース

「ウォール・マリア」
諫山創 著 「進撃の巨人」に登場する巨大な三重の城壁のうちのひとつ。

「穏やかじゃない」
アニメ「アイカツ!」の登場キャラクター「霧矢あおい」の口癖。誕生日が同じである。

「蔵馬×飛影」
冨樫義博 著 「幽☆遊☆白書」に登場するキャラクターのカップリング。当時、この二人のせいで腐ってしまった女子が多かったとか。

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